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それぞれの1日 ― 伽糸粋 (カシス) 編 3 ―

 帰省した後、彼女は休むまもなく次の段階への準備に入っているようだ。 あまりよく表現できないのだが、やり易くするために気持ちの整理をつけている、とでも言おうか。 とにかく、カシスちゃんはとある定位置に立ったままピクリとも動かない。
 「おまたせ~」
 「…………。 あ、ごめんジジ。 気がつかなかった」
 「いいえ~、今来たばっかり」
 ひらひら、と手を振りながら答える、前の修行のときと同じ容姿をしているじーさん。 どうやら彼女は、彼女の行動の意味がわかっているらしい。
 瞑想らしきものを終わらせた後は、述べた通りの流れになる。 彼女の場合、火の術が得意なのかそれを中心とした演習がされ、反対の存在である水を用いた術をじーさんが放ち彼女がそれを相殺する ―― という感じに、アタシの目には映っている。
 他にも、とにかく火の天敵とされる物質を様々な形で使い、何とかしてそれらを意思の宿る炎で制したり破壊したり。 そのような繰り返しが約2時間続いた。
 それからは、もうお馴染みの兄妹実演編だ。 今回は連携技でも取得するのか、ふたつのグループに別れている。 今までと大きく違い派手さがなく、個人個人でやっていたものを集めて教えあうといった、学生が友人と一緒に宿題をやるような雰囲気である。
 グループを決めた際何かの法則でもあるのだろうか、年齢順に振り分けられたペアは、相談し合いながら、じーさんが出した標的物の巨木めがけて試し打ちをしている。
 まず、カーラ君とカヌス君コンビを見てみると、武術が得意な兄が考え弟はそれを補佐するパターンや、その逆に術を主体としたものをする、といったことを繰り返している。 さすがに話している中身までは聞こえないが、微調節しながら見極めている様子だ。
 一方、今日のメインであるカシスちゃんとカリンちゃんコンビは、後輩の力量に合わせながら徐々に作り上げていっているようだった。 まだ未熟な彼は、手元を怪しくさせながらも何とかタック技を放っている。 スローテンポながらも、出来上がってはいるようだ。





 コンビメーション実習が終わった後、アタシはカシスちゃんと一緒に本日2回目となる見回りをしていた。 彼女の場合は、この時間帯が要注意のときだという。
 「表の世界の状況にもよるんだけど、最近また今の刻限は活発になっているのよ」
 「妖怪ってオバケと同じように、夜以降が動きやすそうなイメージがあるよ?」
 「そう? んー、まあ間違ってはない、かな」
 「カーラ君が言ってたけど、下の連中がそうなるって」
 「そうね。 あたしたちよりもかなり不安定だから、気の流れによって変わってしまうのよ」
 とのこと。 うーん、彼女が言う “気の流れ” ってヤツが、何を指しているのかはよくわからないのだが。
 「あっ。 いっけない、店掃除するの忘れてたわ!」
 「店? 何か開いてるの?」
 「ええ。 ジジの趣向なんだけどね。 誰かから聞いてなかった?」
 ……そのひと言で店の状態がわかるような気がするのは何故だろうか……。
 「といっても、服屋とかアクセサリー系の店じゃないけど」
 「食いもの屋?」
 「雑貨屋、かしら。 食べものもあるし、薬とかおもちゃもあるし」
 「薬!? あれって許可必要なんじゃなかったっけ?」
 「ああ。 店頭で売っているのはそういう薬じゃないのよ。 人はあんまり使わないと思うけど」
 「い、い、一体どーゆーのを売ってるワケっ?」
 「薬だったら変顔剤とか記憶消失剤とかかしら。 食べものだったらカエルの丸焼きとかヘビの干物とかトカゲのチューインガムでー、雑貨だったら ――」
 「ちょちょ、ちょっとストップッ!!」
 と、ものすごいマニアックな話というか、ぶっ飛んだ会話になりそうなので強制的に終了させる。 何ておっそろしいものを売ってんだよ、あのじーさんは……。
 「とにかく、日常品じゃないことはわかった! そうだなぁ。 じゃあ、役割分担みたいなのは?」
 「確かに人間界には、一部をのぞいて普通必要ないものね。 うーん、役割かぁ」
 と、器用に輪火に乗りながら考える格好をするカシスちゃん。 きっと相当慣れているのだろう。 背筋がピンと伸びており、現代日本人が見習いたい姿勢だ。
 「そうね。 特に何てことはないと思うけど……」
 と、大体頭の中で整理がついたらしく、順番に説明してくれた。
 彼らは、各々が得意とする分野を生かして動いているという。 彼女いわく、兄妹たちはじーさんの趣味を手伝っている程度のものとしか思っていないらしく、一般的にいう “働く” という概念は持っていないらしい。 むしろ、それを表現するならば、今行っている行動こそが彼らにとっての “仕事” とのことだ。
 まず順番にカーラ君のことから話すと、彼は荷物運びを主としているらしい。 兄妹の中で一番腕力 ・ 体力が高いところから任しているという。
 次にカヌス君。 彼はセンスがよく手先が器用なので、製品のレイアウトや店のデザインなどを担当しているという。 時には細かい装飾品なども手がけるらしい。
 唯一の女の子の姿をしている彼女は、己の力を最大限に利用した情報収集だという。 現代社会ではネットに例えられそうな能力 ―― 流情の神秘を使い、要望や今旬のアイテムなどを調べ上げ、じーさんや皆に伝える役目だという。
 カリンちゃんに至っては、まだ幼いことや能力が未発達なところがあるので、それぞれのお手伝いをしているという。 個人的には、その場にいるだけで和む感じがするので、癒し系マスコットでもいいと思うが。
 最後にじーさん。 店のオーナーである彼は、カシスちゃんから聞いた商品を生成するという。 物によるが、食べもの系はちゃんと実物を使い、雑貨系 (こちらでは道具系と表現するらしい) は、物と霊子を組み合わせて作ったり、薬系はちゃんと特定の薬草を摘んできて品物にしたり、何らかの方法で加工したりしているという。 ……今に始まったことじゃないが、あのじーさん、ますます怪しいニオイをかもし出していやがるよ……。
 「へぇぇ~、ちゃんと分担してんだね。 手伝うなんて偉いじゃん?」
 「手っ取り早いっていうのもあるし、皆嫌々やってるわけでもないからだと思うわよ」
 「ふぅ~ん。 でもすごいな」
 「そう? ありがとっ」
 「ところでさ……。 ちょっと、聞きにくいんだけど……」
 「うん? ―― もしかして、お客さんのこと?」
 「そ、そうそう……」
 「主にこっちの世界に住んでる連中よ。 まれ~に人間が紛れ込んじゃって面白半分に買っていくけど。 ちなみに、代金は相手によって変わるの」
 「変わんの? どういう風に?」
 「人だったら現金をもらうの。 でも妖怪なら買うものの価値によって力 ―― つまり霊子をもらっているのよ。 なかったり事情で渡せないなら角とか舌とかでも代用してるし」
 角はともかく、舌って……。 どんな風に取引されているのか、まったくもって不明である。 物々交換、ってな感じでもなさそうだし……。
 「代価は誰が接客したかによっても変わるかもしれないけど。 大体そんな様子かしら」
 と言ってのける彼女に、何と反応してよいのかわからなかったが、教えてくれたことに礼を述べる。 そんなアタシに向かって、カシスちゃんは笑顔で、どういたしまして、と返してくれた。

 このときちょうど、ひと通りの巡回が終わったようなので、アタシたちは修行場へと戻ることにした。





 今後の予定は、個人レッスンにはいるらしい。 彼女の場合、この時間は薙刀を中心としたものが組まれているという。 前回と同じように、今回も20代後半から30代前半の女性の姿をしたじーさんがそれの指南役のようだ。
 カシスちゃんは、朝からずっと手にしている錫杖 (しゃくじょう) を腰の位置で水平に保ち、そのまま念力でも入れたかのように空中に浮かせた。 すると、金属の輪がついている部分が淡い赤の色に包まれ、どんどん姿が見えなくなっていく。 発生した炎が尽きていくと同時に現れたものは、銀色の光を放つ鋭いもの。 つまり、棒の先端が刃物に変化していたのだ!
 「楓ちゃん、これも流情の神秘の応用なんだよ。 伽糸粋は自身だけじゃなくて持ち物も変えられるの」
 「へぇぇ~。 それじゃあ使い分けも大変じゃない?」
 「初めは大変だったけど……。 今は何とか大丈夫かしら。 自分の身辺なら問題ないわ」
 と、頼もしい言葉。 彼女はきっと、自分を信じ、修行し続けているのだろうな。 アタシも見習いたいところである。
 打撃系からなぎ払い系へと変化したその武器を中心に、相手も1本の薙刀を創りだし、取っ組み合いが始まった。 アタシ自身に薙刀の知識がないため、何がどうなっているとかは説明できないが、剣道のように目の前で切り結ぶのではないのは確かだ。 素人の目利きだが、得物を骨盤辺りで水平にする構えや刃の部分を下にした構えを主にし、頭部や持ち手の部分、胴に足のすねなどを狙いながら組んでいるように思える ――― ……。


 んんー、ちょっと意識が遠くなってきたな。 声をかけたほうがいいか……?



 “そのままで大丈夫じゃよ。 伽糸粋にはわしから言っておくわい。 また会える日を心待ちにしておるぞ。 ふぉふぉふぉ”

 ―― アタシの意識が、人間世界にある市の名前がごとくになりつつあるときに、じーさんの声が聞こえたような気がした。





 ジリリリリリーッ!!  バシッ。 むくっ……。いつもどおりの朝の光景である。 やかましい目覚ましを黙らせて目をこすり、私の場合はまず朝ごはん兼軽い昼食のおかずを作っている、何も変わらない、登校前の動作だ。
 そんな中、最近思い出すのは実在しているのかさえもわからない、あの妖怪たちのこと。 本当はひとときの夢だったんじゃないかと思う感覚と、実際そちらの世界に足を踏み入れていた臨場感が同居しているという、何とも言い表しようがない状況だ。
 「何かに迷い込んだ夢物語じゃあるましなぁ。 ホント不思議だわ」
 まあ、世の中不思議なことがひとつやふたつあってもいいだろう。 むしろそのほうが、面白みがあってよいと思う。 ……それに気を取られ過ぎて、寝坊しないようにしないといけないが。

 私は今日も、普段どおりの毎日を始めるのだった。





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